北欧に行ったら何度も足を運ぶお気に入りのアンティークショップがいくつかあります。私のお気に入りになるお店は、こんな特徴があります。
その1. ものが綺麗に整頓されておらず、一見ごちゃごちゃしているけど、そこから宝探しのようにアンティークが見つけられるお店
その2. 観光客があまりいない、地元の人が行き交う街中にあって、その周辺も素敵な個人店がたくさんある
その3. 店主がのんびりとしていて、自由に見させてくれ、たくさん買ったらおまけしてくれる
その4. そこにいるだけでほっとする空間
そのお店に「どんなものがあるか」も、もちろん大事ですが、同じくらい「どんな気持ちで購入したか」が、私にとってこの仕事をする上で大事なのだと思います。
今回の冬の買い付けでも、心踊るようなたくさんのアンティークや人との出会いがありましたが、少し心に寂しさを感じた旅でもありました。大好きなアンティークショップが2軒とも閉店してしまったのです。
ひとつは、スウェーデンのマルメにあるロジャーさんのお店。
お店に一歩足を踏み入れると、壁一面、床から天井まで覆い尽くすように食器が積み重なっていました。持っている鞄が当たらないようにぎゅっと前に抱いて、でも心は開放感に溢れ、そこにいれば何もかも忘れて何時間でもお宝探しに没頭できる、私にとってオアシスのような場所でした。
通りを歩けばいつも店の前に腰掛け、パンを食べながら通行人と談笑するロジャーさん。昨年夏、日本に帰る前、最後に訪ねた時、彼はこう言っていました。
「この仕事が大好きさ。死ぬその時まで、ここに立つつもりだよ」
本を書くからお店のこと書くね!と言った私ですが、ロジャーさんの訃報を知ったのは、それから2ヶ月後、本がもうすぐ出来上がる頃でした。
2024年12月。久しぶりにマルメに行き、ロジャーさんのお店の前の通りを通る時、寂しいのでできるだけ見ないようにしていました。でもお店に近づくにつれ、電気がついているのに気がつきました。夏に行った時と同じような外観に、不思議に思ってドアを押してみると、ドアはいつものように呼び鈴を鳴らして開きました。
(なんだ、ロジャーさん生きてたんだ!)
狐につままれたような気持ちと、嬉しい気持ちが半々に溢れてくるまま、いつものように両脇が食器に埋もれた狭い通路を歩いていくと、奥にいたのはロジャーさん、ではなく、違う男性でした。
少し話をすると、彼はロジャーさんの公私共にパートナーであったというモーテンさん。私は初めて会いましたが、モーテンさんはロジャーさんの思い出話や、私が聞いた言葉通り、最後のその時までお店に立っていたことを教えてくれました。帰り際、私はロジャーさんを紹介した自分の本を渡しました。
もう通りに座っているロジャーさんを見ることや、その穏やかな気配を感じながら宝探しをすることができないと思うと、心の大事な場所がひとつなくなってしまったような寂しさを覚えました。
でもその日、モーテンさんと悲しみを少し分かち合い、ロジャーさんの代わりに、喜んで本を受け取ってくれたことで、その隙間はちょっとだけ埋まったような気もしました。もしかしたら、これからは、代わりにモーテンさんがお店を引き継ぐのかもという淡い期待もありますが、そうだったらまたいつか、モーテンさんのお店としてご紹介しますね。
もうひとつ、私のお気に入りだったのは、コペンハーゲンにあるトーベンおじちゃんのヴィンテージショップ。
12月に着いてすぐに、「本書いたよ!」とトーベンさんが載っているページを見せに行くと、おじちゃんは言いました。
「実は来月でお店を閉めるんだ」
えーーー!と私。トーベンさんのお店を知ったのは9年前。まだアンティークの仕事はしておらず、フラフラと毎日のようにコペンハーゲンのアンティークやヴィンテージショップを渡り歩いていた頃でした。
たくさんのものに溢れるその懐かしい匂いや雰囲気が気に入って、その後もこの仕事をはじめ、デンマークに来たら必ず用事はなくても遊びに行きました。店内を見て散々試着などをして、おじちゃんに紅茶をもらって世間話をするという、買い付けの間の癒しの時間。オアシスがまたひとつ閉まってしまうなんて。デンマークにいる間、できるだけおじちゃんの顔を見に行きました。
「お店なくなるの寂しい?」
「ぜーんぜん」
「このあと何するの?」
「コロニヘーヴ(夏用の小さな庭付き小屋)でゆっくりするよ」
この会話を何度したことか。閉店当日、お花を持ってお別れに行きました。あんなにたくさんのもので溢れていた店内はガランと空っぽになっていました。
「デンマークに来たら、コロニヘーヴに遊びにおいで」とおじちゃん。
最後に譲り受けたのは、お店の壁にたくさんかけてあった、古い額縁でした。寂しい気持ちと重たい額縁をいっぱいに抱え、暗くなったコペンハーゲンの石畳の道を歩みながら、(また絵を描いて、この額縁に入れよう)と決めました。
いくつかの寂しい風が吹いた、今回の冬の買い付け旅。でも同時に何か新しいものが芽吹きそうな、不思議な予感もしました。
どんなものにも、出会いがあれば別れがあるもの。だからこそ一瞬一瞬を大切にしていくこと。そして変化を恐れずに、次の扉をひとつひとつ開いていきなさい。大好きなロジャーさんやトーベンさんから、そんな温かなメッセージを受け取った気がしました。
鍋島 綾(著)『ゆるりと風に。ここは北欧』/桂書房 はこちらから。
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【プロフィール】
鍋島 綾(富山県生まれ)
大学でデンマーク語と北欧社会福祉を専攻。
会社員勤めの後、アンティークバイヤーとして
2016年から北欧と日本の間を行き来している。
・Instagram:https://www.instagram.com/imaya.vintage/
・YouTube:https://www.youtube.com/@imayatravel/featured
・オンラインショップ:https://imaya-antique.com/
企画・編集/永井千晶