会場となったのは、コペンハーゲン郊外にあるリュンビューという町にある、古い風車小屋でした。
実は、このリュンビューは、2016年に私が初めてデンマークで住んでオペア(住み込みのベビーシッター)をしていた街。この古い風車小屋の前を、私は何度も通り過ぎていました。
開催の二日前に鍵をもらい、ドアを開けた瞬間、まるでトトロの〝まっくろくろすけ”たちが、サーっと散っていったような感覚を覚えました。室内はひんやりと少し埃っぽく、窓には蜘蛛の巣がはっていました。
私と母はすぐに雑巾とホウキを取り出してきて、大掃除を始めました。部屋は全部で4つ。
どれも広い部屋でしたが、極めつけは階段を登った屋根裏部屋。まるで合掌造りのような骨組みが見える大きな部屋でした。
掃除が得意な母はすぐにその部屋に取り掛かります。
一方、私はクモの巣にまみれた窓の掃除へ。かつて祖母がしていた“ほっかむり”の必要性を生まれて初めて感じ、頭にタオルを巻いてクモの巣をひたすら拭き取っていきました。
最中、「あれ、この匂い、どこかで嗅いだことあるな」と思いました。記憶を辿ると、それは、飛騨高山の古い家屋でやっていた母のお店「藍夢」の匂いでした。
ひんやりとした土と木の匂い。飛騨高山の古い家屋と、デンマークの古い風車小屋は、母と襤褸(ボロ)を通じて繋がっているのかもしれないな‥なんて思いながら、やっと掃除を終えた埃まみれの母娘。
そのまま、かつて私がオペアをしていたお宅に伺い、展示会の期間中滞在させてもらうことになりました。
初日は、朝から会場設営やおにぎり・お寿司作りに大忙しでしたが、今では16歳のお姉さんになった私がオペアをしていた女の子や、ちょうどその時に滞在していた日本人女性の助けもあり、なんとか迎えたレセプションパーティー。
デンマークでかつてお世話になった友人や私のデンマーク語の先生、日本大使館の方々など、多くの方が来てくださいました。
個展は4日間ありましたが、友人がローカル新聞へ告知をしてくれていたこともあり、毎日たくさんの方が足を運んでくれました。
期間中に2回、来てくださった方もあり、のべ100人以上の方にお越しいただきました。
最終日は、母が「刺し子」のワークショップを行いました。日本茶を飲み、羊羹をつまみながら、時にわいわい、時に黙々と、針を刺していきました。針を進める音のリズムとともに、ひと針ひと針に物語が重なっていきます。
個展では、多くの人から「美しい」という言葉を頂きました。
時間の経過と大切に使われてきた布自体の美しさ、刺し子や侘び寂びという文化にもデンマークでは興味を持つ方が多いように感じました。
確かに、ボロボロになるまで使われ、継ぎ接ぎされた古い布たちからは、ものへの敬意や、家族への思いやりなど、たくさんのものが縫い重ねられているのを感じます。
祖母が「こわい」と笑ったあの布は、いまや「美しい」と呼ばれるようになった。母が長年魅了されてきた「不完全の中の美しさ」を、ようやく理解できた気がしました。
そして期間中、私が着ていたのも、母と同じような継ぎ接ぎのベスト。母が持っていた襤褸(ボロ)の端切れを縫い合わせて作ったものでした。
ばあちゃん、私もとうとう雑巾みたいな服着るようになったわ!「あれこーえーな!」と、目をぎゅーっとつぶって笑う祖母が目に浮かびました。
>>前篇へ
【バックナンバー】
【プロフィール】
鍋島 綾(富山県生まれ)
大学でデンマーク語と北欧社会福祉を専攻。
会社員勤めの後、アンティークバイヤーとして
2016年から北欧と日本の間を行き来している。
鍋島 綾(著)『ゆるりと風に。ここは北欧』/桂書房 はこちらから。
編集/永井千晶